12吼(稽古12日目)

はじめまして弟獅子こと樋上真郁です。
早速先輩にご迷惑をおかけしてごめんなさい。

本日は追加で上がってきた台本を加え、最初から出来上がっている部分まで読み合わせ…その後いろいろとミーティング(内容はまだ極秘?)な日でした。

明日から立ち稽古に入る模様…ドキドキして今日眠れるか心配です…
もうお気づきでしょうが文章力0ですアシカラズ

さて、獅子様にご質問コーナー!
今回「追奏曲、砲撃」は、大阪・東京の二都市公演ですが、今まで桃園会は大阪以外でどの都市で公演したことがあるのでしょうか?
教えてください!獅子様!!!

若(弟)獅子 真郁
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11hoe(稽古11日目)

 寝る。必ず、稽古行きの電車で寝るのです。ここ一年くらい。年かな。

20071030088.jpg

 
 今日は、深津氏が休み。自主連。んで、アグリーに出演していたきー坊(紀伊川氏)が稽古初参加です。ウルトラマーケットでは、ハードな動き(傍目ではまったくそんな風には見えなかったが)で酸欠になり、楽屋で酸素を吸っていたそうだ(ほかの出演者は吸わなくても大丈夫だった模様)。久しぶりに会うと、蝋燭のようになってました。お疲れ様でした。

 そんなわけで、きー坊(紀伊川氏)を交えての台本読み。新鮮な感じで、なかなか面白かったです。早く立ち稽古がしたい。つーか、もう台本読みは飽きてきた雰囲気かもね。森川嬢は、じょじょに役作りに入ってきてるし。読みの段階でね。そんなこんなで、一回本読みをし、休憩。一服しようと部屋の外に出ると、長谷川一馬が、女子の、中高の、思春期時のような着替えをしていて、萎えました。
 
 その後、突如、ミーティングへ。お客さんを呼ぶにはどうしたら良いかを考えること小一時間。だんだん白熱して行き、うオーッと獅子様が一吼えしました。しかも(あまり)話題とは関係ないところで。面白怖かったです。この時点で、本気ではない吼えが見れるとは思いもよらなかった小坂獅子です。ウォーミングアップでしょうか目覚めへのね。そういや、橋本さんも熱くなっていました。

 画像は、橋本さん、(無駄に)はづかしがり屋の長谷川一馬、そして、獅子様のうしろ足です。獅子様の部ログで反対から撮った画像があります。気が向いたら是非。

 そういや桃園会で、大変だったなー、体力的に、という公演はありましたか?僕は、新人公演が一番しんどかったです。体力的にね。体重が落ちて、52kgとかになってました。マッチ棒みたいでした。
             
             小坂獅子浩之

稽古じゃないけど、吼えた。

今日は朝から精華小劇場の客席設営。
亀岡、森川、橋本、長谷川、寺本、とわたし。
デス電所の方々もいらして、みんなでえっちらおっちら。
がんばったおかげで客席設営最短記録更新!だそうです。

それからそのまま精華で場所と器材をお借りして
DMの印刷や紙折りの作業をさせてもらいました。
発送はもう少し先ですが。
近畿ではチラシも折り込まれ始めましたよ。

今回東京公演が3月なので、中部地方より西にのみ(一部例外あり)
精華小劇場での公演案内を送らせていただきます。
もし届いてない方で、精華の方が都合がよい、とか
精華でも東京でも見たいなど、嬉しいお考えの方は
たいへん申し訳ございませんが、サイトの公演情報をご覧頂いて
予約していただきますようお願い致します。
稽古場日記に書く内容じゃないけど、思いついちゃったので。

DMの準備をしていると、公演が近づいてくるなあって感じです。
明日からは紀伊川氏や亀岡氏も稽古場に登場しそう。
台本の続きもますます楽しみです。
皆様も楽しみに待っていてくださいね。
では、明日の稽古に続く!

十吼え

なんか兄獅子(小坂)ずいぶんやる気ですねえ。よしよし。

今日は大挙してアグリーダックリングさんの公演を見に行きました。
紀伊川氏が若い仲間達に囲まれて、かなり身体使って頑張ってました。
酸素吸いながら、必死だったみたいです。

帰りには川井、寺本、一馬と子獅子小坂にわたしの5人で
のんびりてくてくと夕暮れの大阪城公園を歩きました。
小旅行気分。たまにはこんなのもいいね。
そしてそのまま70〜80年代の音楽オンリーな一馬の車で稽古場へ。
どんな趣味やねん。原田知世の「時をかける少女」って〜。

そういえば、兄獅子はなんか言語障害になっていて
「はしけんの行ってるシメ、ミセるらしいですよ」って
いや、それは「店、閉める」でしょ。
それに「焼肉行く前は胃薬飲むんですよ、ソルマッキ系」
さらって間違うから「?」突っ込めない。
「ソルマックって言ったつもりだったんですけど」と自己申告。
あんまり続くようなら病院へ行きなさい。こわいから。

稽古はあいかわらず、紀伊川待ち状態。
台詞覚えしたり、台本の読み込みしたり。
自主練習だったのもあり、事務仕事なんかもあれこれやりつつ。

さて、庄内以前の稽古場の話ね。
旗揚げ当初は京都で稽古してました。
メンバーは大阪、奈良、京都の3都市在住だったんですけどね。
主に京大のA号館に潜り込んでました。
冬寒いんだ。
だから、春から晩秋までに3公演打って、
冬は休みというローテーションを組んでました。
当初から静かな芝居でしたからねえ。かじかんで練習できない。
だんだん管理が厳しくなってからは、鍵のかかってない校舎のエントランスやまんま外なんかで。
このころの稽古で面白かったのは、隣り合わせて芝居する相手と5mくらい離れて稽古するなんてことをやってましたねえ。
芝居の距離感や空間把握、ニュアンスの伝え方なんかを意識して練習していたように思います。

後は人間座さんの稽古場とか、京都駅近くの青少年活動センターみたいなとこ(名称忘却)??とか。
演出が大阪に移ったころから劇団員も大阪メンバーが増えて、森ノ宮の青少年会館や青少年センター。
でも夜9時までの稽古じゃなかなか難しくて、10時まで使えて格安の庄内の労働会館が増えたかな。
その後も正雀とか、吹田の市民会館なんかもよく使ってましたよね。
このあたりは兄獅子も御存じか。

稽古場のエピソードでわたし的に最大のネタは、あの岸田戯曲賞を受賞した日の稽古。
その日深津が連絡がつきやすいようにってことで、アイホールで稽古になってたんですよ。
なのにわたし、うっかり庄内の稽古場に向かっちゃって、間違いに気づき、慌ててアイホールに取って返して「何やってんの!受賞したよ!若竹でお祝いするから」って。一生の不覚!!!

稽古場ジプシーってよくこういう行き間違いが起こるんですよ。
今回久々に5ヶ所くらいで稽古になってますんで、子獅子達も間違わない様に気をつけるのですよ。


九吼え(稽古9日目)、次回は遠(10)吠え

 ひのうえ獅子が書かないので、仕方なしに書きます。小坂獅子です。早速サボりか。今日は、ヒッサビサの庄内稽古。台本もちゃくちゃくと出来上がり、ようやく長谷川一馬が出てきた。あとは直美だけです出てないのは。とにかく、二度ほど読んだ。深津氏が主役を読んでます。ここんところ。こういうイメージなのね。と思う。あとは、書くことない。ほんと、2,3行で事足りてる稽古初盤ですね毎回ね。
 あ、第35回公演、大筋が決まりました。注目ですよ、来年夏は。むかし、キン肉マンで中野さんが「女房質に入れてでも身にいかにゃきゃ」なんてこと言ってましたね、男性用ウイッグ着用の方が。いま考えると、ものすごいなあと。そこまで見たいかと。そんな男とは別れたほうが良いですよ奥さん方。いやしかし、そこまで人生賭けるほどのもんではないけれど、見といて損は無いと思われます35は。とりあえず、ヒント:「W」。たぶんヒント。きっと、良く、わから、ないないですが、これ以上は言えません。今回見に来て、パンフの次回予告をご覧ください。ギリギリまで、発表無いとおもわれるのです。わかりませんけど。

 で、これまたヒッサビサのことぶきへ。実家に帰ったみたいに、飲めました。ポテサラが美味いね。ちゃんと帰りました。

 で、ご質問です。雌獅子さま。ここ5・6年は一定の稽古場で稽古していましたが、わたく獅子が入る前(1999年以前)は、どの辺で稽古してたんすかしゅ、庄内以外で。

八吼え(稽古8日目)

稽古8日目。
台本も順調にあがってきてます。ふふ、面白いよ。
今週末までアグリーダックリングに客演中で紀伊川氏がいないので、
彼の役を男優が日替わりで読んでいる状態です。
今日は深津氏の登場。
昔は役者もやってました彼のことですから、全然そん色なしです。
桃園会でも出演してたんですよん。

ってことで、子獅子の質問。
わたしと深津との出会いと桃園会旗揚げ秘話ですね。

桃園会はもともと深津がいろんなところで声をかけた人材で出来てました。
彼が同志社の第三劇場に所属していたので、同志社系と言われた時期もありますが、旗揚げメンバーの江口もわたしも違うしね。

わたしは学生演劇もやってないのに社会人になってから短大時代の友人3人で無謀にも劇団を旗揚げしたんですね。
その旗揚げ公演がアートスペース無門館(現・アトリエ劇研)で、
右も左もわからないわたしたちにガムテープの種類から一つ一つ教えてくれ、
舞台監督でもないのに舞台や客席を組み上げてくれた優しい小屋付きさんが
何を隠そう深津篤史だったわけです。

御礼をかねて一度奢ると、それからたまに電話が入って(そのころは携帯もないさ!)おいしい店があるから飲もう!と呼び出され、けっこう奢ったような…。

そんなこんなの飲み友達で、2年くらい?
わたしの劇団が解散状態になって、仕事もやめて、
手に職つけるべくエステティシャンとして研修を始めた頃、
1本の電話がかかってきたのです。
「いよいよ旗揚げするつもりやけど、手伝わへん?」と。
エステの仕事、土日休めないしね、一応聞いてみるけど…。
聞いたらもちろん休めない。じゃ、やめますわ。って仕事やめました。
続けてたら今頃大手エステチェーンの店長もしくは本社勤務くらいいってたかも??

単純に、旗揚げメンバーって、響きがよかったのよね。
制作的なことも、チラシイラストも舞台美術も舞台監督も
全部全部深津がやってくれて、わたしは本番には
受付で座ってた記憶しかないなあ。
あ、あと、仕込みのお弁当が深津のお手製で大評判。
しかも芝居中に使うワインボトルを用意するためといいながら
二人で仕込み中に1本開けたなあ。なにやってんねん。

と、ながなが書いてしまいましたが、こんな感じで桃園会はスタートしたわけです。
獅子はその時すでに26歳でありましたとさ。

明日は昔々毎日のように通っていた庄内で稽古です。
台本続き楽しみ〜。

7吼え(稽古7日目)

 今日は、みんな忙しくしているため、人数が少なく、6人だったので、新しく出来た台本を、6人+深津氏でまわし読んだのです。今回はテンポが良いので、160Pぐらいまでになりそうだと深津氏は、ゆっくりと、語っていました。そうか、と思いました。ちなみに、わたくしと、直美だけは、まだ役が決まっていないのですよ、みんな決まっているのにね。ま、楽しみですけど。台本は、一度だけ読みました。読んだ後、長谷川一馬がのそりとドアを開け、遅刻してきました。20時過ぎのことだと記憶しています。その後、来年の公演についてミーティングしました。ビッグプロジェクトになりそうで、35回目が楽しく思えてきました。まだ34回目が終わってもいないのにね。

 んで、飲みに行って、酔っ払って、電車乗り過ごした。

 正確には、淀まで行けたのだが、そこから出町まで行けなくなった。しかし、世の中には良い人がいるもので、タクシーの人が、出町まで3000円で連れてってくれました。その間、彼は喋りたくってました。アルファベットのつく、タクシー会社が、どれだけ酷いかというものだった。ちなみに、ユニフォームは、7~8万して、買取だといってました。真偽はわかりませんがねえ。ま、なんにしろ、良い出会いでした。

 と、いうわけで、獅子様と、深津氏の出会い。そして、どうゆう経緯で桃園会が立ち上がったのでしょうかねえ。教えてください。

                          小坂獅子浩之

百番勝負!

ご無沙汰致しております。
ようやく稽古場日誌再開です。
今回は、古参はたもとようこと中堅小坂浩之、若手樋上真郁がお届けします、
眠れる獅子百番勝負日記。
なんじゃこのタイトルは?
いや、あの、飲み会で、その、ほら勢いっつーか、ね。

稽古場の風景だけでは毎回似た様な苦労話に終始してしまうので
せっかくの15周年で、ブログメンバーも10歳、11歳違いの
三世代が揃いましたので、過去も振り返りつつ
現在を検証するような内容はどうだろうか?と。

それが何をどう間違ったのか、
わたくしはたもとが眠れる獅子(旗揚げからいるくせに
ちっともぱっとしないって意味だと思うわけですが)
そして兄弟獅子こと小坂、樋上の質問に答えていくのはどーだ!という話で
エライ盛り上がり、小坂は夜思い出し笑いで眠れなくなったらしいです。

どんな内容になっていくのか、まったくわかりませんが
旗揚げから15年のあれこれをぼけた頭で思い出しつつ
いろいろ綴っていけたらなあと思っております。
もちろん百番ってほど書けるわけないですが、
ご覧の皆様からの質問にもお答えできればと思います。
桃園会の良心と呼ばれるわたくしですので、なんでも真面目に答えますよ。
コメントでもメールでも、お待ちしています。
あ、役者のプライベートについては、ほどほどに。

なにとぞよろしくお願いします。
さて、兄弟獅子はどんな質問を考えてくるのでしょうか?
乞うご期待!!
プロフィール

桃園会

  • Author:桃園会
  • 桃園会第50回公演
    『深海魚』
    作/深津篤史
    演出/森本洋史

    会場/ウイングフィールド
    2018年3月25日(日)-27日(火)

    詳しくは桃園会ホームページで!
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